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清水公園の歴史

沿革

明治27年(1894年)1月に醤油醸造業の柏家五代目当主茂木柏衛翁が、金乗院から5千5百坪を1千円の賃借料で50年間の賃借契約を行い遊園地(現第1公園付近)を建設したのが清水公園の始まりです。同年4月3日に開園式を挙行して一般町民に開放しました。

 

大正14年5月に聚楽講は解散しましたが、茂木家、高梨家、中野家、石川家、堀切家によって新たに組織された「合名会社千秋社」を発足させました。発足と同時に清水公園の経営権も同社が引継ぎました。その後の昭和19年7月「株式会社千秋社」と改組し、現在にいたります。

 

昭和4年、農林学の権威、本多静六博士の設計で、自然公園として大幅な拡張が行われ、第2公園が新たに加わり、同年5月には当時学習院在学中の白川・朝香の両宮がご来園になった際に開園しました。

 

昭和29年7月には野田市教育委員会により、万葉植物教材園が開設されました。関東地方には東歌や防人歌をはじめ、赤人や虫麻呂などの歌に詠み込まれている植物が多くあります。天平時代の文化に触れることで市民の心を豊かなものにしたり、学問上の資料とする目的で、公園全域に万葉の歌を解説した歌碑を立てていました。植えられた植物は数百十種にのぼり、浜木綿や紫草なども移植されました。

 

現在の清水公園は、フィールドアスレチック、キャンプ・バーベキュー場、ポニー牧場、アクアベンチャー、花ファンタジアなどの施設を設け、年間を通して年代を問わず多くのみなさまにご来園いただき、楽しんでいただける公園です。「桜」は、日本桜名所百選に選ばれるなど、全国でも有数の名所であるとともに、「つつじ」も関東有数の名所として知られています。他にも梅や牡丹、藤など約500種の花で四季折々楽しめ、秋には紅葉の美しさも堪能できる風光明媚な公園です。

名所・旧跡

 

慈光山 金乗院

金乗院は、室町幕府の足利義持の時代、応永5年(1398)に京都・醍醐寺の修行僧であった宥秀上人によって開山されました。その後29世大僧都宥誠の時、醍醐寺より真言宗豊山派に宗派が移り、現住職37世純章に至ります。

仁王門

金乗院参道の入り口にある仁王門は、300年前に建立されました。平成10年8月に全面修復され、建立された時と同じようにニカワの丹塗りが再現されています。 阿形(あぎょう)、吽形(うんぎょう)の2体の仁王像も復元彩色され、ライトアップされた光景は威厳と美しさを讃えています。

聚楽館

公園の敷地にある聚楽館も歴史が古く、大正時代に建てられました。茂木利平氏の書院であったものを茂木柏衛氏が今の場所に移築。当時は中央や地方の有力者たちの迎賓館的な役割をはたしていましたが、現在は、一般市民の集会所として利用されています。

旧花野井家住宅

旧花野井家住宅は国指定の重要文化財です。この住宅は、流山市前ヶ崎にあった花野井四郎氏の住宅で、 江戸時代初期の古い民家であることから昭和44年に国の指定を受けました。昭和46年野田市が花野井氏から譲り受け、今の場所へ移築したものです。 (野田市教育委員会・社会教育課)